人間性と倫理観の欠如

穴があっても入れない人へ

卵と彗星

幸せと不幸が±0である必要性は

人生の永遠のテーマであると思われる。
 
 
というのは私だけかもしれないが。
 
いつまでたってもこの話題に
蹴りをつけることができない。
 
 
1悪いことがあった時に唱えると
心が軽くなる魔法
 
2因果応報の条理
 
3幸せにいつまでもうかうか浸っていないで先を見ろという啓示
 
だいたい絞ったのがこれ。
 
 
でもでもわたしは1も2も3も鴨もアヒルも関係なく根底からこの理屈を覆したい。
 
 
幸せはずっと続いていい筈だ。
独善的でない限り。
 
 
幸せになるために
必ずしも不幸という
プロセスを踏む必要はあるか?
 
40年監禁され不幸に浸った人間が
その先の40年で同じ分だけ
幸せになれる未来はあるのだろうか。
とまあ極論を並べてみたけど
ちっとも面白くないな。
 
幸せの単位は時間ではないというのも理解できるけれど、±0というのはいかがだろうか。
 
 
 
 
なんだかこの時点で
360文字なのが辛くなってきた。
レポートは全然書けないのに
これにならスラスラ書けるのな。
 
 
今日は自主的に全休した挙句に
不健全な遊びに耽って疲れたので
もう寝よう。
 
学校休んでする採血は
気持ちよかったし
学校休んで食べるラーメンは
美味しかった
し、付随するものも勿論美味しかった。
汚い。